キャンドルナイトライブ

JSR CAMBODIA’23 ⑦ – サムボー村井戸建設プロジェクト

2023年2月23日(木)、ワット・サムボーでお参りの後、3年ぶりに井戸の状態をいくつかを見てまわった。

この村へ初めて訪れた10年前、この道は穴だらけの悪路だった。
今ではまだ砂利道ながらも平坦で真っ直ぐな道になっている。

21基の井戸が稼働中。

コロナによって3年間サポートできなかったが、現在21基の井戸が今も問題なく稼働してるそう。
3年前と大きく変わったのは、サムボー村にも水道が通ったこと。

そういえば、いつのまにか村のお寺のトイレにも水道が通っていた。
しかしながら水道代は高いので、今も村人達にとって、井戸水は生活の中心であり必要不可欠なものだそうだ。

現在も井戸一基につき、20〜30世帯が利用している。
中でも嬉しかった事は、各井戸の利用世帯でコミュニティを形成し、皆んなで少しずつお金をプールして大切に井戸の維持管理を行なっているとこと。

・・・これは本当に嬉しかった。
僕らが井戸建設プロジェクトに関わってきた頃から、村の皆さんには「コミュニティづくり」をお願いしてきた。

それがちゃんと形になっていたのだ。

カンボジアの農村部にある井戸は、これまで設置しても一度故障してしまうとそのままに放置され、朽ち果てていくという問題があった。
僕がカンボジアを初めて訪れた20年前、カンボジア農村部の平均年収は約300〜500ドル(約40,326〜67,210円)。それに対して井戸の修理・メンテナンス費が約50ドル(現在約6,721円)だった。

修理費50ドルは一見大した金額ではなさそうだが、年収500ドルに対しての50ドルは大金だ。
その様な状況なので、もし井戸が壊れてしまったら場合、修理費(50ドル)を捻出することができない。
・・・結果、井戸はそのまま放置されていく。

そんな朽ち果てた井戸、あるいはかつて井戸があったであろう形跡の場所が、カンボジア農村部にはいっぱいあるのです。
逆に言えば、毎年メンテナンス費の50ドルが捻出できれば、井戸はずっと継続して使う事ができるのだ。

そのためには、ただ井戸をつくるだけではなく、井戸を維持していく為のコミュニティづくりの呼びかけと、こちら側(寄付者)の責任を持ったアフターケアが必要なのだ。

そんな2つの大事なことを行なってきたのが、・・・このコロナ禍の3年間の間にそれがちゃんと形になっていた。

進化するサムボー村の井戸

現在は、21基の井戸すべてに「モーター」が取り付けられたそう。

手動式の井戸からモーター式に変わったことで、雨の降らない今の時期(乾期)でも井戸が枯渇せずに常時安定した水を供給できるようになったそう。

村の人たちが嬉しそうに井戸を見せてくれた。

2015年、お坊さんメンバーで【JSR】を結成しカンボジアでの活動10周年の際につくった井戸も元気に稼働していた!

JSR、カンボジアでの活動も19年目です!

村の区長さん:『実は井戸があと2つまだ足りません。なんとかお願いできなだろうか。』と。

…区長さんから話を伺っていると、今度は別の上半身裸のおじさんにも話しかけられた。
おじさん:『私の話も聞いてほしい。私の家のそばにも井戸を作って欲しいんです』とー

その後、家へ案内され『この集落にはまだ井戸がありません』とおじさん。

現在、井戸は一基 300〜500ドル。(約40,944〜68,240円)
水脈の深さや地盤の硬さによって金額も変わる。

10年前、井戸は一基200ドル(当時18,000円)だった。しかし物価の上昇、円安もあり、昔のように井戸も安くはなくなってきた。

しかしながら今回は、3年ぶりということもあり、CNL‘19時の収益の中から233,000円、そして、三重の照順寺さま、ご門徒のY田さま、D斐崎さま、K下さま、中学校時代の恩師 藤野先生よりお預かりしたご寄付も合わせて、全363,000円をチョムナン氏、村の村長さんにお渡ししてきました。

また、各お寺からもそれぞれにサムボー村へご寄付されていました。

村からの要望された2基と言わず、裸のおじさんから言われた井戸も含めて5〜7基は設置できそう。
これらのお金は、井戸設置だけではなく今後の井戸の維持費、またはサムボー村の学校運営費や全体の問題に対して使って下さいとお願いしました。

今回の寄付によってどんな風に変化があるか、また8月に訪問した際レポートしてきます。

最後はチョムナンさん宅へ

サムボー村のお寺でのお参り、井戸の視察を終えてAM10:30、チョムナンさん宅へ。

驚いた。
チョムナンさん宅が工業素材で覆われていた(!)
チョムナン『雨の日も外でご飯を食べることができます』と嬉しそう。

お家の中へ入る。

昔の藁で編んだ雰囲気ある壁が大好きだったが、住んでいる人にとってはやっぱり安全安心な強度の高い壁が良いにきまってる。

チョムナンさんが僧侶だった頃、ボンキリ僧王と謁見させていただいた頃の写真が今も飾られていた。

みんなでお家のお仏壇でお参り。

その後、チョムナンさんのお母さん手作りのごはんをいただいた。

お母さんのつくるチャートロックォーン(空芯菜のニンニク炒め)は絶品。
プノンペンのレストランで食べるよりも美味しい。

村で採れたバナナに豚の揚げ物。そしてANCHOR BEERまで(苦笑)

みんなで美味しくいただきました。

楽しい昼食の中、みんなから『安武さん、声がおかしくないですか?大丈夫です!?』と言われる。

・・・そういえばなんか痰が絡む感じ?

これが後々大変なことになっていくのだが、この時まだそんな事は知る由もない、、。

『いつも本当にありがとう、感謝してます。』とチョムナンさんのお母さん

今回は午後からのKIZUNA FESTIVALリハーサルの事もあり、サムボー村でゆっくりさせてもらう時間があまりなかったのが残念。
しかしながら3年ぶりにサムボー村へ行くことができ、井戸も壊れることなく稼働していたことがよくわかった。本当によかったです!

いつもあたたかく迎えてくれて、本当に感謝です。次回は8月、今度はCANDLE NIGHT LIVEのスタッフと共に、昨年のCNL’22の収益を持って伺う予定です。

最後はチョムナンさんと笑顔でツーショット。

・・・このあと、私はカンボジアを訪れて以来、最大の危機を迎えることになるのが。。。

つづくー

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