2015年8月22日(土)PM2:30ー
小学校の子ども達を見送った後、村じゅうの井戸の経過を見てまわることに。
井戸は、乾季や雨季によって水の出が大きく左右されるという。
ちょうど8月は雨季。村の人々にとっては水が安定して出る良い時期だそうだ。
大岩メタルワークス・中島さんと、平安社寺建築・石渕さんがオーナーの井戸。
基本、維持管理はオーナーにお願いしています。(笑)
チョムナンさんの口利きで現地の井戸掘り業者に依頼。
井戸を取り付けると、さらに周囲も土を盛り上げて整地し完成。
…これで井戸一基につき現在$230(約27,600円)。 ※2015年8月 $1=120円
状態はとても良い。
雨で流れてしまうおそれがあるため、工事は敢えてこのままでストップしているという。
しかしまだ”開通”して間もないため、若干の濁りがあった。
チョムナンさんも当時は高僧であったし、僧侶として故郷の村の助成金を使うこともできたので、
一基につき$200(16,000円)で完成していた。
1ドル=80円の時代に井戸を多く設置できたのは本当にグッドタイミングだった。
乾季時にはほとんど水がでなくなってしまうのだが、、今回は良好。
雨水は雨どいを伝って、この水瓶の中に貯まるようになっている。
その上水をとって料理や生活用水として使用している。
飲み水として使うには、ここからさらに沸かして使うのだそう。
・・・しかし衛生的には決して良いとは言えない。
第一には、村の子ども達が『水汲み労働』から解放されたこと。
カンボジア農村部では、近くの川や池に水を汲みにいくのが女性や子ども達の仕事。
往復30分の水汲みを、何往復もして水瓶を一杯にする。
この仕事があることによって、子ども達は学校に行けないこともあったのです。
そんな重労働が、井戸の設置によってサヨナラなのです。
これによって、より多くの子ども達が学校に通えるようになった。
これまで小さな子ども達や妊婦は、川や池の泥水を飲んでお腹を壊す、あるいは病気になり、
死に至ることもあった。それが、井戸の設置によって以前よりも病気にかかりにくくなった。
蛇口から安全な水を飲むことができる水道網が張り巡らされている。
・・・この水道網がサムボー村にもやって来るまで、、なんとか見守り続けられたら、、
一家総出でトウモロコシを脱粒機にかけるお仕事。
この芯は捨てず、乾燥させて料理で火を焚く際、薪の代わりとして使うそうだ。
私たちだけでなく、村の人みんなが畑で栽培するのに使用しています。』
こちらも現在雨季の為、周りは整地せずそのままで工事はストップ。
地道にひとつひとつ積み上げてきた、経験と活動の賜物ですー
これまで【キャンドルナイトLIVE】に関わってくれた全スタッフの名前を刻み、この村に納めた。
翌月6月には第一基目、2基目が完成。
2015年10月現在、井戸はたった三年間で10基どころか20基目、21基目がすでに建設中だ。
そして、無理しない程度に、自分が出来る範囲で、継続した活動として行うことー
その後もメンテナンスや修理など、注意深く見守る必要があるということ。
そして、井戸一基を使用する人々でコミュニティを形成し、
もし井戸が壊れた時にはみんなで積み立てたお金で修理(約$50)していくー
そんな組織づくりを促し、形成されるまでは、建設した側が責任を持って見守る必要がある。
そうでなければ「耐久年数2〜3年」のカンボジアの井戸は、
修理されず朽ち果てて終わりなのです。
お預かりした浄財を井戸建設および維持費として寄付させてもらいました。
それ以上に続けることに意義がある。
その時は『キャンドルナイトLIVE』も10周年の記念の年。・・・次の目標にしたい。
今日一日の行程を終えたことの安堵感と心地良い疲労感、、また次への目標も見えてきた。
いつもここへ来て思うことは、僕らは聖人君子でもなんでもないし、
自己犠牲の意味合いが強い「ボランティア」という言葉も、自分たちにはしっくりこない。
日本には古くから『お互いさま』や『おすそ分け』、『恩返し』という感覚がある。
僕らの活動は、『ボランティア』ではなく『応援」。『ヘルプ』ではなく『サポート』。
困ったときは『お互いさま』。